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東京地方裁判所 昭和30年(レ)190号 判決

控訴人 須田栄蔵

被控訴人 三矢ユキ

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人を申立人、訴外三矢司を相手方、被控訴人を利害関係人とする足立簡易裁判所昭和二十八年(ユ)第一四〇号家屋明渡調停申立事件につき同裁判所において昭和三十年三月十一日成立した調停の無効なることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、原判決事実欄に摘示のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

立証として控訴代理人は当審における控訴本人尋問の結果を援用した。

理由

控訴人が訴外三矢司を相手方として、足立簡易裁判所に対し控訴人主張の家屋一戸の明渡を求める旨の調停を申立て、該事件は同庁昭和二十八年(ユ)第一四〇号として係属したところ、右事件につき昭和三十年三月十一日同裁判所において開かれた調停委員会においては、被控訴人が訴外弁護士藤原一嘉を代理人として、該事件に利害関係人として参加した上、申立人(控訴人)の代理人として訴外弁護士石田寛司が、相手方三矢司及び右利害関係人(被控訴人)両名の代理人として右藤原弁護士がそれぞれ出頭し、同期日において控訴代理人主張のとおりの調停条項を以て調停が成立したこと、相手方三矢司は右期日に先立つ同年三月六日、死亡したことは、いづれも当事者間に争がない。

控訴代理人は、およそ民事調停法による調停事件の係属中に当事者の一方が死亡した場合は、該事件は当然終了することを前提とし、死亡当事者のために調停事件の処理を委任されていた代理人の代理権は、委任者本人の死亡により消滅に帰し、然らずとしても承継人による適式な受継手続のない以上は事件は終了し、又一旦終了せる調停事件に利害関係人参加ということはありえないから、前示調停期日において成立したものとされている本件調停は無効である旨主張するので考察する。この点については民事調停法乃至民事調停規則の明文上特段の定めがないから或は、明文のない以上は当事者の死亡により調停事件は当然終了すべしとなす見解もあり得ようが、当該調停事件が例えば死亡当事者の一身専属権に関する場合の如く、調停によつて解決すべき紛争がその当事者間の死亡により当然消滅に帰するものと認められる場合は格別、然らざる限りは、当該紛争は通例、死亡当事者の一般承継人たる相続人により承継されて存続すると考えられるし、又調停手続は訴訟手続とは異り、自治的解決を主眼とするとはいえ、民事紛争の解決を図るため国家機関の関与の下に、当事者対立の手続構造を具有する点においては両者は相違するものではないから、手続経済並びに当事者の便宜を考慮すべき要請は、訴訟手続におけると同様に調停手続にも存するものと考えられる。それ故に、調停事件の係属中に当事者死亡せるときは、民事訴訟事件におけると同様に、原則としてその一般承継人が死亡当事者の調停手続上の地位を承継するべく、従つて調停事件は死亡により当然終了すべきものではなく、実質的にはその承継人との間で存続進行すべきものと解するのを相当とする。

又、当事者から調停事件の処理の委任を受けた代理人が、弁護士であつて、しかもその代理権の範囲に特段の制限の存しない場合は、民事訴訟法第八十五条の規定の趣旨を類推し、委任者本人の死亡によつても、その代理権は消滅しないものと解するを相当とする。従つてかような場合、従前の代理人が死亡当事者の一般承継人たる新当事者のために特に受継手続を経由することなくして、形式上は死亡当事者の名において、爾後における当該調停手続に関与したとしても、右は実質的には、その承継当事者のために関与したものと認めるべきである。

そこでこれを本件についてみるに、冒頭記載の争のない事実と控訴本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、訴外藤原弁護士は訴外三矢司の委任を受け、その代理人として本件調停事件に関与していたこと、その代理権の範囲に特別の制限は存しなかつたこと(特別の制限の存したことについては何等の主張立証がない)、右三矢司は、右事件係属中死亡したが、同人には相続人が存すること、本件調停事件は賃貸家屋の明渡を求める事件であつて、当事者の死亡により当然消滅すべき性質の紛争には属しないこと、三矢司死亡後である昭和三十年三月十一日、続行期日として開かれた調停期日において、前記藤原弁護士は、死亡者三矢司の代理人名義を以て、又、同期日に利害関係人として参加した被控訴人の代理人として、控訴人の代理人たる石田弁護士との間で、本件調停を成立せしめたことを認めるに難くない。してみると、死亡者三矢司の当時代理人たりし藤原弁護士は、右司死亡後たる本件調停成立当時においても、その代理権を失わず、調停手続上は死者司の代理人名義において、しかし実質的には司の相続人のために調停に関与したものと云うべく、従つて本件調停は、その調停条項中、申立人(控訴人)と相手方(死者三矢司)の名において形成せられた部分は、一方の当事者たる申立人(控訴人)と他方の当事者たる相手方三矢司の相続人との間に効力を生ずる調停として、又申立人(控訴人)と利害関係人(被控訴人)の名において形成せられた部分についてはその当事者間における調停として、それぞれ調停条項の内容の通り法律関係を形成したものであり、その効力には何等消長なきものと云うべきであるから、この点に関する控訴代理人の主張は失当である。

次に控訴代理人は、本件調停条項中、控訴人の代理人たる訴外石田弁護士が、利害関係人として調停手続に参加せる被控訴人に対して移転料の支払を約諾した部分は、控訴人の石田弁護士に対する授権の範囲を超えるものであるから無効である旨主張するが、およそ調停事件の代理人の代理権(以下これを調停代理権と仮称する。)は訴訟代理権の場合と異り、委任者本人によつてその権限を特に制限することも出来ようが、手続の安定明確を期する趣旨に出でた民事訴訟法第八十条の規定は、民事調停法第二十二条、非訟事件手続法第七条によつて調停代理権にも亦準用され、この代理権は書面によつて証することを要すべく、且つ代理委任状に、代理権の範囲を制限する趣旨の格別の記載がない以上は、当該調停事件の処理に通常必要な一切の行為をなす権限を賦与された代理人であると見做すべきであり、又賃貸家屋の明渡を求める調停事件において相手方或は利害関係人に対し明渡移転料の支払を約諾することは、この種調停事件の処理に通常必要な事項であると解するを相当とする。ところで本件において石田弁護士は、控訴人から、その賃貸家屋の明渡を求める調停事件を処理すべき代理権を賦与されていたこと、右調停事件に利害関係人として参加せる被控訴人に対し、右石田弁護士が、控訴代理人主張のような移転料の支払を約諾したことはいづれも当事者間に争ないし、且つ石田弁護士の代理委任状に、その代理権の範囲を制限する趣旨の記載の存したことについては何等の主張立証もないのであるから、石田弁護士のなした移転料支払約諾の所為は、仮令控訴人との内部関係において権限超過のかどありとしても、これを以て調停手続上為された前記所為の効力を云為すことは出来ず、被控訴人に対する関係においても、石田弁護士の調停代理権の範囲内の所為として取扱うべきである。従つてこれを以て調停の無効を招来すべき事由であるとする控訴代理人の主張も亦失当である。

してみれば、控訴人の主張はいづれも理由がないから、控訴人の請求を棄却した原判決は正当と云うべく、従つて控訴人の本件控訴は失当としてこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条、第八十九条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真佐夫 守田直 松井正道)

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